古代ギリシアの女はみんな裸!?

現代では女性差別が批判され男女同権が叫ばれていますが、人類の歴史上においてはほとんどずっと、女性の身分は「格下」でした。民主主義を生み出した古代ギリシアにおいても、「民主」の「民」とは男性のことであり、女性は含まれていません。男性が皆で決めたことに女性は従うだけ、というのが、元々の「民主主義」です。

そもそも、ギリシア神話においては全知全能の神ゼウスがいて、あらゆる乱行が許されていました。誰とセックスしても良く、例えば、姉妹や母親を犯すことも、自分の娘と寝ることも、母娘の両方と同時に交わることさえ許されています。相手を騙して挿入してしまうのは、当たり前。入れたら妊娠させるのも普通のことで、特に罪ではありません。ゼウスにはタブーは存在せず、それが「男の特権意識」のルーツとなったのでしょう。

一方で、ギリシア神話における女神は常に嫉妬する生き物です。ゼウスの浮気に怒った妻は彼の愛人を惨殺したりしますが、決して自分では浮気をしません。ゼウス以外のペニスを次々と平らげて色んな人の子どもを産んでしまう、などということはなく、常に夫一筋なのです。女性は乱交の相手となることはあっても、乱交の主体にはなりません。この世はゼウスという男から始まり、その男根が世界を作ってきました。ペニスを崇め数多くの性交を重ねることで、女も豊かになれる、というのが古代ギリシアの思想の根底にあったのでしょう。それゆえ、女は常にペニスを受け入れられる体制を整えておかなければなりません。もっとも都合の良いスタイルはヌードであることです。

豊穣の神にならってみんな裸が普通だった!?

プラトンによれば、かつてギリシアの人々は裸で過ごしていたそうです。ディオニューソスに倣ってのことですが、エーゲ海近辺は寒暖の差が小さく暖かなので、服を着なくても過ごすことができたのでしょう。ディオニューソスはブドウなど作物を司る神ですが、裸ですっくと立つ像で知られています。神殿の入り口には男根を模した像が立てられていましたが、これもディオニューソスのペニスです。

作物が育たなければ人は豊かになれませんが、豊かになるためには人口も増やさなければなりません。その関連から、ディオニューソスはセックスの象徴ともなりました。古代においては、生まれた子どもの多くがすぐに亡くなりました。乳児の死亡率がとても高いので、女性はどんどん子どもを生まなければ家庭は豊かになりません。女性には数多くのセックスをして子どもをつくり、国を豊かにすることが求められたのです。男性がいつでも好きなときに挿入できるスタイルといえば、素っ裸です。女性は常にスタンバイOKであることを示すために、裸で過ごしたのでしょう。

神を崇めて乱交に励んだ!?

古代ギリシアの彫刻や壺などには、男女の絡み合う姿を描いたものがとても沢山あります。ギリシアの人々にとって、セックスがとても重要であったことの証であり、性行為が隠すべき嫌らしいものではなく、オープンなものであったことの証拠にもなるでしょう。豊穣の神ディオニューソスを崇める人たちは、より豊かなセックスを求めて、皆で交わる習慣を持ちました。街の収穫量を増やすには労働力が必要です。

そのためには、セックスしなければなりませんが、夫婦生活を豊かにしてもいっこうに子宝に恵まれない女性もいますし、夫が立たなくて欲求不満を抱える妻もいます。今ならバイアグラで解決できる些細な問題ですが、当時は深刻です。 そのため、すべての女性が沢山の子宝に恵まれるようにと、多くの男女が集まって次々と交わりあう乱交が発達しました。ディオニューソス神の名のもとに、集団セックスをしたのです

古代ギリシアの彫刻類には乱交を描いたものも少なくありません。一人の女性を二人の男が前からと後ろから挿入するようなものもあります。アナルセックスも含めた乱交が普通に行われていたのでしょう。