ペーネロペイアは本当に貞女?

ギリシア神話には女神や女傑、怪物ばかりが登場すると思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
詩人ホメーロス作とされる古代ギリシアの長編叙事詩「オデュッセイア」に登場するペーネロペイアは、夫オデュッセウスの帰還を何と20年も待ち続けた「貞女」として知られています。

「パリスの審判」から始まったトロイア戦争

トロイア戦争のきっかけとなったのは、不和の女神エリスがもたらした黄金のリンゴによって起こった女神たちの諍いでした。
自分が神々の宴に招かれなかったことを逆恨みしたエリスは、その場に「最も美しい女神へ」と刻んだ黄金のリンゴを投げ入れます。
それを見つけて名乗りを上げたのがゼウスの妻でいわば神々の女王であるヘラ、知恵と戦いの女神アテナ、そして美と愛の女神アフロディテの3人。
誰もが自分こそふさわしいと主張して譲らないため、困り果てたゼウスは羊飼いに身をやつしたイリオス(トロイア)の王子の一人、パリスにその役目を担わせます。 これが有名な「パリスの審判」ですが、もちろん女神たちは素直に彼の判断にゆだねるようなことはしません。
それぞれにこっそりと「自分を選んでくれたら褒美をやる」と約束したのです。
ヘラはアジア全土を統べる王の座を、アテナは武勇を、そしてアフロディテは世界でいちばん美しい女性を妻にさせてやると。
パリスは考えた末、リンゴをアフロディテに渡しました。他の二女神はカンカンになりましたが、アフロディテはご満悦。
そして約束どおり、パリスに「世界一美しい」スパルタ王妃ヘレネを与えるのです。

「オデュッセイア」とは?

「イーリアス」ではこのパリスの審判から始まったとされるトロイアとギリシアの攻防が語られますが、その後日談とも言うべき物語が「オデュッセイア」です。 イタケーという島の領主であったオデュッセウスは、ギリシア軍として戦いに参加し、英雄と呼ばれるほどの戦果を上げます。
ところが凱旋する途中、トロイアに肩入れしていた神々の報復とも言うべきさまざまな妨害に遭い、帰国までに10年もかかってしまうのでした。
トロイアに出陣して10年が経っていましたから、故郷に20年も帰れなかったのですね。

貞女説の顛末

その間、オデュッセウスの妻ペーネロペイアは息子テーレマコスを育てながら夫の代わりにイタケーを統治していました。
しかし、若く美しいペーネロペイアをイタケーの領主の座ごといただいてしまおうとする輩は多く、なんと108人もの求婚者が殺到したと言われています。
彼女は「この織物ができ上がったら」と求婚者に約束しますが、夜の間に昼織った分をほどいて時間を稼いでいました。
そうこうしている間にオデュッセウスが戻ってきて求婚者たちを蹴散らし、二人は再び一緒になることができたのです。
知恵を巡らし、ひたすら夫に操を立てて待ち続けたことでペーネロペイアは貞女とされていますが、実はこの話に続きがあることをご存知でしょうか。
オデュッセウスはイタケーに帰りつくまでにいくつもの島に立ち寄ったり流されたりして、多くの女性たちと出会っています。
そのうちの一人、キルケーとの間にはテーレゴノスという息子がいました。このテーレゴノスが誤ってオデュッセウスを殺してしまうと、ペーネロペイアはなんとテーレゴノスと結婚してしまいます。 義理の息子であり、夫の敵でもある男性と、です。
その後、ペーネロペイアは新しい夫テーレゴノスと息子テーレマコスとともにキルケーの島に渡り、幸せに暮らした…ということですが、貞女の顛末がコレかと思うと、やっぱりペーネロペイアもギリシア神話の女性の一人だったようですね。