英雄を愛した魔女の話

「オデュッセイア」に登場する女性たちの中で、ヒロインとも言うべきペーネロペイアの対極にあるのがキルケーでしょう。
イタケーに帰る途中でオデュッセウスが立ち寄った島に住み、一説には彼の子どもを産んだとされる魅力的な女性です。

キルケーの正体

キルケーは女神とも言われていますが、「オデュッセイア」では強大な力を持つ魔女とされています。
人間の男性をさらってきては一緒に暮らし、飽きると魔法で動物に変えていました。 そのためキルケーの住むアイアイエー島は、家畜で溢れていたそうです。
オデュッセウス一行は島に上陸すると早速キルケーの館に招待され、ご馳走を振る舞われました。
長旅の末の夢のような歓待に、オデュッセウスの部下たちはすっかりいい気分。お腹一杯になるまで飲んで食べて大騒ぎです。 ところが、宴もたけなわとなると、キルケーは彼らを豚に変えてしまいました。
ただ一人、注意深く周囲を観察していた部下はその難を逃れるとオデュッセウスの元へ急を知らせに走ります。
オデュッセウスはあらかじめヘルメスにキルケーの術にかからずにすむ薬草をもらうと単身館へ乗り込み、キルケーを屈服させました。 しかし、不思議なのはここから。
本来なら部下たちを人間に戻してもらったらすぐに島を出て故郷を目指すべきですよね。
それなのにオデュッセウスはなぜかアイアイエー島に1年もずるずると留まってしまいます。 キルケーは魔力がなくても充分に美しい女性。その魅力に、さしもの英雄も参ってしまったということでしょうか。

女性の怪物たち

ようやく部下たちの進言に従い、島を後にすることを決意したオデュッセウスに、キルケーはこれから彼に降りかかるであろう試練と、その切り抜け方を教えます。 まずはセイレーン。「サイレン」の語源となった半人半鳥の怪物で、美しい歌で船乗りを誘い込んでは難破させるとされていました。 オデュッセウスはキルケーのアドバイスに従い、部下たちには耳栓をさせ、自らは帆柱に縛りつけてもらいます。
つまり、セイレーンの歌を楽しみつつ、船を助ける方法を取ったわけですね。
セイレーンの歌は我を忘れるほど素晴らしいもので、オデュッセウスはそちらへ船を向けよと部下に命じますが、もちろん耳栓をしている彼らには聞こえません。 ようやくセイレーンの海域を抜けて冷静さを取り戻すと、その力の恐ろしさとキルケーの助言の有難味を再確認するのでした。 続いてはカリュブディスとスキュラという怪物が棲む海峡。
カリュブディスは大渦を起こし、スキュラは6つの犬の頭と12本の脚を持ち、人を食べることで恐れられていました。
船乗りは両側にいるこの怪物たちを避けるために海峡の真ん中部分を慎重に進む必要がありました。キルケーはオデュッセウスに、もしどうしても船を制御できなくなったらスキュラの方を選べと告げます。 大渦に船ごと呑み込まれるよりは6人の犠牲で済ませよ、というわけです。
果たしてオデュッセウスはキルケーのアドバイス通りにすることを余儀なくされるのですが、実は美しい娘だったスキュラを怪物に変えたのはキルケー自身。 オデュッセウスがそのことを知ったらどう思ったでしょうか…。

魔性は遺伝!?キルケーの縁者たち

キルケーは太陽神ヘーリオスと、女神ペルセーイスの子で、兄弟にはコルキス王アイエーテース、クレタ王妃パーシパエーがいます。
アイエーテースの娘のメディアもまた魔術に長けており、ギリシア神話の中ではキルケーと並ぶ魔女とされているあたり、やはり血は争えませんね。